洋菓子の製造現場より

まなざし

ひとくち頬張った瞬間、心から感動して笑顔になれる。そんな圧倒的な美味しさを目指して、和菓子屋の梅林堂があえて挑む洋菓子創り。現場では、熱い志を持つ職人たちが日々奮闘しています。

妥協しないからこそ生まれる、真の美味しさ

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「ショートケーキを購入されるお客様は、苺がお好きな方が多いはず。そこでスポンジに挟む苺は、切る角度を綿密に計算して、大きく食べ応えのある形にこだわりました。一般的な薄切り苺とは全く違う、贅沢な味わいです」。

洋菓子部門を統括する堀越がそう語るのは、梅林堂のケーキの中でも絶大な人気を誇る、“ざく切り苺のショートケーキ”。

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開発においてこだわったのは、苺だけではありません。例えば、しっとりふんわりとして濃いコクを楽しめるスポンジ。
一般的なものより濃いオレンジ色をしていることにお気づきでしょうか。これは着色料でも、野菜や果物の色素でもない、純粋な卵の色。

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「開発当時、偶然通りかかった卵の直売所で、“那須の赤い太陽”という品種を見つけたんです。試しに使ってみたら、ずば抜けた美味しさとコクに“これだ!”と。運命を感じましたね。」(堀越)
しかし那須の太陽は当時、一般流通していない特別な品種で、梅林堂へ仕入れることはできませんでした。

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「でも我々も諦められませんでした。それまで、美味しいといわれている卵を何十種類も試し尽くして、やっと出会った最高の卵。だから、生産者の方への説得を重ねたんです。その間、仕入れの許可をいただけるまでは、私が毎朝直売所で買って出社していました。」(堀越)

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真剣、大変。でも面白い“手づくり”の現場

こうして開発した洋菓子は、美味しさを極めたがゆえに、掟破りの製法ばかり。微妙な加減ができない機械の手には負えず、全て手づくりのため、職人の高い技術が不可欠です。
例えば、スペシャルモンブラン。これは埼玉県内の名だたる洋菓子店が参加した、洋菓子協会主催の百貨店でのモンブランコンテストで、和菓子屋の梅林堂が優勝した商品です。

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栗本来の上質な味わいを濃くお届けするために、栗ペーストの材料はほぼ栗。そのため従来のペーストよりもかなり固く、ブツブツと切れやすいのが難点です。スムーズに絞り出すには握力はもちろん、スピード・量・体の動きを臨機応変に微調整する能力が求められます。
「技術的に難しいので、力が強い男性でも綺麗に絞れない人もいます。もちろん機械では作れないので、大量生産は出来ません。」(堀越)

しかし、この難しい作業を担当するのは、弱冠25歳の若手である川島です。
「皆さん忙しい職人の世界なので、手取り足取りゆっくり教えてもらえるわけではないんです。私の場合はもともと、2年ほどこのモンブランの土台を担当していたんですが、その時に先輩がペーストを絞っているのを毎日つきっきりで見てきて、コツを頭に叩き込みました。冬は、固いペーストがさらに固くなるので、湯せんで温めて作業します。1日に120個ほど作るんですが、途中でどんどん冷たくなっていくので時間との戦いですね。手の平も腕も常に筋肉痛。心の中で痛い痛い〜!って叫びながら絞ってます(笑)」(川島)

また、均一に焼くのが最も難しいといわれている商品のひとつに、スフレチーズケーキがあります。
大きい型で焼く場合とは違って、膨らみすぎると爆発してしまうため、ベースとなるチーズはなるべく空気を含ませないようにゆっくり混ぜなければなりません。しかし遅すぎると温度が上がり、油分が分離して味が落ちるというリスクも。これを担当しているのが入社9年目の北です。
「1ヶ月前まで生地を焼く方の担当だったので、生地づくりはまだまだ勉強中です。難しいのは、生地を混ぜる前の温度設定。温めが足りないと、同じようにつくっても焼き上がりが固くなるんです。」(北)

毎日違う気温の中で、例えば寒い冬なら生地を温めておいても混ぜるうちに冷たくなっていくため、出来上がりを一定に保つのは至難の業。しかも温度計はなく、自分の目と手の感覚だけで調整しなければなりません。

「正直、仕事は辛いときも多いです。どの業務も相当真剣にやらないとこなせないし、丁寧に教えてもらえるわけでもない。先輩に相談しながら、ただただ試行錯誤です。でも、がむしゃらに頑張っていると光が見えてくるというか、やっぱり楽しい瞬間も沢山あるんです。これは、機械任せにしていない、手づくりの現場だからこそ。もともと、私は手づくりの仕事がしたくて入社したので、改めてここで働けて良かったと思っています。」(北)

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その北の相談相手が、この道24年のベテラン、現場をまとめながら教育係も担当する村田です。
「梅林堂の洋菓子創りでは、川島のように目で見て技を盗んだり、北のようにわからないところをどんどん聞いて自分で研究したりと、自発的に動くスタンスでいることが重要です。厳しいですが、教えてもらうのを待っているようではダメ。なぜなら、どの技術も苦労してこそ身につくものだから。ただ教えるのは簡単ですが、それだと結局自分のものにならないんですよね。教えてもらった方法を何も考えずにやってもだいたい上手くいかないし、何より楽しくない。それよりも自分なりに10回チャレンジして9回失敗して、でも1回成功したときに、なぜ成功したのか考える。そこで閃いたときに、仕事ってものすごく面白くなるのではないでしょうか。その面白さを味わえば、次に別の難題が立ちはだかっても“きっと、抜け道はある。自分ならできる!”と自信になると思うし、実際にどんどん仕事ができるようになる。私はそのサポートをしたいので、どこまで教えるのか距離感を大切にしています。後輩にただ“大変だ”と思われたら負け(笑)。“大変だけど、面白かった。明日も頑張ろう”って思ってもらいたい。」(村田)

村田自身も、仕事では未だに緊張と試行錯誤の日々だといいます。
「毎朝、起きたときからずっとケーキのことを考えてますね。例えば気温が低ければ“じゃあオーブンの温度を5度上げようかな、生地はどうしようかな・・・”って頭を回転させながら出社しています。常に考えてるから、たまに連休があると考えることが無くて落ち着かないくらいです(笑)。長年やっていてもこんな感じだから、洋菓子創りって奥が深いなと思います。」(村田)

自分たちの力が試されるとき。戦場のメリークリスマス

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こういった、ケーキ創りに前向きに頑張る職人たちが、高い技術を結集させて挑むのが、クリスマスケーキの製造期間です。
2015年度は12月21〜24日の4日間で約1万台ものケーキを、もちろん全て手づくりしました。スポンジをサンドする、クリームを塗る、苺を飾る、フィルムを貼る…など、細かく決められた持ち場を、各自がひたすら黙々と朝から晩まで取り組みます。自分の手が止まると、前後に影響が出てしまう流れ作業。必死にペースを守りながら美しく美味しいケーキに仕上げていく、戦いの日々です。

北曰く、「今回のクリスマスは、例年より大変でした。私は、スポンジにクリームを絞ってふたをするサンドのところにいたのですが、一連の流れの中ではスタートに当たる場所。つまり私が遅れると全体が遅れるんです。ピークの日は、時間配分として1時間に600台作らないと8時間で終わらない、皆が家に帰れない、というプレッシャーが…。クリーム絞りすぎて、手は感覚が無くなるほど痛いし、辛かったです。」

「本来は、その担当は北ではなかったのですが、元の担当者が事情で抜けることになったときに立候補してくれて。誰もやりたがらない大変な持ち場だったので、ありがたかったですね。それだけでなく、他の人のペースメーカーもやってくれていました。しょっちゅう“そこ、遅いよ!”って怒鳴ってくれて(笑)」(堀越)
「事前に“キツいこと言っちゃうと思うけどごめんね”って、皆に差し入れしておきました(笑)」(北)

昨日より今日、今日より明日。常に今より美味しいものを。